自分史という小説
4_鉄筋業アルバイト
大学の夏休み・冬休みには、大家さんの紹介で鉄筋業のアルバイトをよくやった。
一
当時は国鉄新宿駅の西側の現場でのこと。確か道路を挟んで専門学校があったと思うが、
その3階で移動のため前のベニア板に乗った瞬間、
支えがなかったのか、板は2階まで落ちた。
本来なら約4メートルを落下したのだから怪我の1つや2つしてもおかしくなかった。
ところが、板はエレベータのようにスゥーと落ちた。
ちょうどサーフィンボードのように。
そして2階に着地した。
まわりに誰もいなかったので、なにもなかったかのように仕事を続けたが、
べニア板が落ちたことにも誰も気がつかなかった。
二
渋谷駅前の東急ビルの現場ではさらに危なかった。
8階ぐらいだったと思うが、クレーンで作業に使う鉄筋を引き上げていた時のこと、
屋上まできた鉄筋を手前に引くのだが、
その際に逆に束に引き戻されそうになった。
慌てて手を放したが、少し遅れたら墜落していた。
パラレルワールドがもしあるとしたら、
私は確実にここで死んでいる世界があるに違いない。
元々、高いところは苦手だが、仕事のためいやだとも言ってられない。
思い出すたびに、今でも足がすくむ。
三
当時は鉄筋を現場で成形していた。折り曲げてコンクリートを流し込むと丈夫になるしくみである。
杭のようなでっぱりに鉄筋ひっかけ、
曲げるための棒で挟み回す。てこの応用で簡単に曲がる。
ふと気がつくと、2人の外国人がさかんに私を撮っている。
そんなに珍しい風景でもないだろうと思ったが、
世界のどこかで、見ず知らずの私を見て何と思うのか少し照れた。
四
ある日、上条工務店の社長から大学を卒業したら、
この仕事やらないかと誘いを受けた。
今から思うと、この当時は高度成長期であちこちで建設工事が行われていた。
将来の進路がはっきりしていたわけではないが、丁重に断った。
五
ある現場で、
六十は越えていると思われるベテランの老人と話しをしたことがある。
私が滋賀県出身だと知ると
「大津の競輪場を知ってるか」
と聞いてきたので
「はい、知ってます」
と答えると
「あれ、わしが建てたんや」
と満面の笑みで言う。もちろん作業員の一人だったということだが、
昔の人は自分が一人で建てたような自慢話をする。
私はこういう人の話しを聞くのは好きだ。
だから、どんどん話しをしてくれる
自分は「話しの聞き上手だ」と、自分でも感心することがある。
経験とはありがたいもので、県道に面するブロック塀約30メートルを自分で組んだ。
そのとき、静岡県の基準に合うようにブロックの中に鉄筋を縦横に張り巡らした。
ブロックも厚さ15センチで中にセメントをぎっしりと詰めた。
車がぶつかっても絶対に倒れない自信がある。
実はこれまでに何度か車が塀にぶっかって、その都度ブロック塀が倒れた。
中をみると鉄筋が全く入っていなかった。ただ、ブロックを積んでいただけのものだった。
地震でブロック塀が倒れ、死傷者も出たというニュースを聞いていたので、
上のような、強力なブロック塀にしたのである。
くま邦彦:作文家 / 2025/1/17 初稿