自分史という小説
1_野糞
野糞…野外で糞をすること。(デジタル大辞和泉より)
私はこれまでに二度、野糞をしたことがある。
一度目は小学五年生の時。
授業が終わり、帰る段になって腹の具合がどうもおかしい。
しかし、当時の小学校のトイレといったら、そもそもトイレなどと上品な呼び方はしなかった。
便所である。
それもすこぶる汚い便所だった。
戸の鍵は掛かるところもあれば掛からないところもあった。
掛からないところで用を足していて、
もし誰かに戸を開けられでもしたらはずかしい思いをすることになる。
仕方がないので、
田んぼ道を急いだ。
急ぐと振動で腹の具合がさらに悪くなってきた。
これではもたない。そう思うと急がないと。
この繰り返しで、道半ばまでやって来たが、
もうだめだ。
辺り一面は田んぼ。
普通なら、のどかな田園風景だが、
自分を隠してくれる建物も木もない。
しかし、悠長なことは言ってられないので、
ズボンを下ろし、パンツを下ろして野糞をした。
ほっとして顔を上げた時、最悪の事態が起こった。
目の前を六年生の連中五人が通り過ぎるところだった。
そして、通り過ぎざまにそのうちの一人が
「おまえ、何してんのや」
と声をかけてきた。
「見てわからんのか。ウンコや」
と言う勇気は、その時なかった。
黙ってうつむいて、
通り過ぎるのを待った。
二度目は三十六歳の時。中学教師をしていた時のことである。
夏の宿泊訓練をするハチ高原の下見に行った際、
氷ノ山に登った。
なだらかな草地の斜面を上り、
尾根の山道に出たところで腹の具合がおかしくなった。
宿泊施設へ戻るにはかなりの時間がかかる。
季節は春だったがまだ登山シーズンではなかったのか、
ここまで登ってくる間、
誰一人も会わなかった。
山道の先と後ろを振り返って見ても誰もいない。
ここは野糞しかないと決心し、
場所を探した。
尾根は見晴らしがいいので、
ともかく見えないところを見つけようと、
登ってきた草地とは反対側の斜面を下った。
しばらく下りて振り返ると、
さっきまで自分のいた山道が見える。
きっと山道からもここが見えるだろうと思い、もう少し下った。
道などはない、笹が生い茂った場所である。
かがめば見えないはずだが、できれば笹が少ない場所の方がいい。
そう思って動き回っている間に、
腹の具合が限界に達した。
用を足して山道に戻り、無事下見を終えた。
翌日、新聞を見て驚いた。
私が昨日、野糞をした氷ノ山のすぐ隣の山腹で、
女性の遺体が発見されたというニュースが報道された。
野糞の場所を探してうろうろしていたら、
自分がその遺体を発見していたかもしれないと思うと、
説明に困っただろうなと妙な所で悩んだ記憶がある。
野糞をすると、ろくなことはない。
くま邦彦:作文家 / 2025/1/12 初稿