「オオコワ」と鳴くカラス
1_その出来事
儂はかつては国道161号、
今は県道558号がはしる琵琶湖沿いの集落を縄張りとしている、
ハシブトカラスだ。
近くにある橋本ガラスの店員ではない。
縄張りといっても、
カラスの世界は仁も義もあったものではない。
毎日が「仁義なき戦い」である。
特に、
最近の若カラスは年配カラスを立てようとしない。
餌を回すどころか、横取りをしやがる。
まず、
儂がなぜ「オオコワ」カラスなのか説明しておこう。
儂の縄張りは県道沿いなので、
生ゴミを道路沿いの歩道と家の間に置く家が多い。
一軒あるいは数件で、
網をかけて出している家がほとんどだ。
網は、
我々カラスから生ゴミを守るつもりだろうが、
儂らにとって、
網など何の役にも立っていない。
そんな中で、
一軒だけ網をかけずに出す家がある。
この辺りの生ゴミの回収日は水曜と土曜日。
その回収日の、
午前八時二十分にいつも通り、
玄関先の門柱横に生ゴミの袋が置かれる。
言っておくが、
生ゴミの響きは、
人間世界の生ビールに匹敵するぐらい、
儂らカラスを刺激する。
置いたのは、
白髪頭の初老の男だ。
残念なことに、
儂らの嗅覚はすこぶる悪い。
そのかわり、
目には自信がある。
瞬間に、
この初老の男が眼鏡をかけていることも見て取った。
そして、
おいしそうな生ゴミも確認した。
儂は今、
生ゴミから20メートル離れた信号機の上にいる。
高さは15メートル。 生ゴミが置かれて数十秒経った。
「よし、男は家に入った頃だ」
儂は生ゴミに向かって三対四対五の直角三角形の斜辺に沿って滑空した。
この雄姿を、
今流行りの動画にアップしたかったが、
そこまでの能力は儂にはない。
あと1メートルというところまできた時、
ちょうど門柱を通り過ぎたところで、
これまで右手前方の見えなかった視界が急に開けた。

その瞬間、
ゴミ袋の後ろ5メートルのところに、
あの初老の男が立っているではないか。
ヤバイと思ったが、
滑空の途中である。
すぐには止まれない。
儂は首を思いっきり曲げてみた。
体の向きがゴミ袋から歩道へ、
さらに道路へと、
最高のねじれを見せた。
しかし道路には、
車という厄介な奴が走っている。
こいつらは、
失礼な若カラスたちよりも、 たちが悪い。
絶対に道をゆずらない。
そんな奴らとぶつかったらひとたまりもない。
動体視力には自信があるので、
ねじった右目で見ると、
幸いなことに車は来ない。
と思った瞬間、
油断が生じた。
着地しようとした足がもつれたのだ。
このままだとこける。
このとき左目に、
ゴミ袋の後ろの初老の男が見えた。
ここでこけたらあの男にきっと笑われる。
そう思うと、
今度は首のねじれを逆方向に最大限ねじった。
これは、
あの「ねじり王子」(人間世界では彼のことを「ひねり王子」と呼んでいるが、
カラス世界では「ねじり王子」と呼んでいる。
長老いわく「あれはどう見ても体をねじっている」と)の比ではない。
オリンピックに出ていれば確実に金だ。
もっと言うと、
彼はジャンプの惰性の中で「ねじり」を行うが、
今回の儂は、地面をけった惰性などない。
すべて羽のばたつかせと根性だ。
そしてさらに、
三対四対五の直角三角形の斜辺を、
今度は下から上に向かって飛行した。
きれいな直線とはいかなかったが、
人間の目ではとらえられない程度の、
細かなギザギザで、
無事、元の信号機の上にまでたどり着いた。
あとでよくよく考えたら、
なぜ元の信号機に戻ったのか。
向かいの自治会館の屋根でもよかったし、
その前の空き地なら1メートルの高さで済んでいた。
興奮していて、元いた一点しか見えなかったのだ。
そうそう、
肝心の事を忘れていた。
この斜辺を上っていく途中で発した鳴声が
「オオコワ」
だった。
あとで知ったが、
この一部始終を見ていた初老の男が、
儂を「オオコワ」カラスと命名したと言っているが、
そうではない。
儂自身が、
このとき脳を活性化し、
自分をオオコワカラスと名乗ることにしたのだ。
くま邦彦:作文家 / 2024/12/21 改稿