「オオコワ」と鳴くカラス
19_長老の死
 11月に入り寒さが一段と増した夜8時頃、 あの白髪頭の初老の家の前に救急車が止まった。 ちょうど眠りについたところだったのにサイレンの音で起こされ、 多少不機嫌な気持ちで屋上から下を覗くと、 二人の隊員がストレッチャーを後部から引き出し、 玄関の方へ運んでいくところだった。
 しばらくすると、 一人の老人がそれに乗せられて救急車まで戻ってきた。 初老の男の父親のようだ。 そばに3人の女がついていたが、 初老の男の姿は見えない。
 ストレッチャーが救急車の中に押し込まれると、 妻と思われる女が一緒に乗り込んだ。 あとの二人の女は隊員に頭を下げている。
 救急車はマンションの駐車場にいったん入ると、 方向転換をし、 県道を南に走り出した。
 見ていると、 100mほど先で方向指示器が点滅し、 左に曲がった。 そこには病院がある。
 気になったので飛んで行ってみると、 救急用のドアが開かれ、 先ほどのストレッチャーら乗った老人と付き添いの女性が中に入って行った。すぐにドアは閉められたのでそれ以上のことはわからない。   次の日10時頃、白髪頭の初老の男はバイクで病院に行くところが見えた。1時間ほどで帰ってきたが、その後このうちの家族は入れかわり病院への訪問を繰り返していた。   3日目からは初老の男は夜の9時過ぎに病院へ行き、朝の7時過ぎに帰って来るようになった。   一週間後の朝5時過ぎ、初老の男が帰ってくる前にこの家から1人の男性と二人の女性が病院に向かった。 7時ごろ1台の車が家の前に止まった。 中から初老の男とストレッチャーを運ぶ二人の男が出てきた。あの老人が死んだようだ。 私は人間の葬式を始めて見た。葬儀店の名前の入ったワゴン車が止まり灯篭や花が運び込まれる。 庭に面したガラス戸がすべて開かれ白黒の幕が壁の上から張られる。 玄関左にはテントが張られ、受付と書かれたテーブルが中に設置された。 庭に入る手前の花壇は撤去され玄関の右から直接ガラス戸の部屋に行けるように道がつくられた。 初老の男が先ほどワゴンでやってきた男としゃべっている。 よくみると朝老人を運んできた男の一人だった。 初老のおとこの顔はひきつったようになっている。 午後になると訪問客がふえた。一人一人に初老の男は対応している。 玄関で挨拶をすませる者もおれば家の中に入っていきしばらく出てこない者もいる。 夕方近くに寿司屋の宅配が来た。 葬儀屋のワゴンが来て大きな段ボールを3つ運び込んだ。 6時過ぎに袈裟を来た住職が入って行った。 しばらくすると中から経を読む声が聞こえてきた。 それが終わると初老の男の声がし、 それに混じっていろんな声がする。 時には大きな声で言い聞かせるような声だったり、 笑い声だったりさまざまな声が短い時間に繰り返し聞こえてきた。 9時を過ぎたころから、 帰宅し始め30分を過ぎる頃は話し声が全く聞こえなくなった。 部屋の灯りは一晩中点いていた。 次の日、8時頃から黒い礼服を着た人間が初老の男の家に集まってきた。 ある者はテントの受付のテーブルにつき、ある者は家の中に入り式の準備をしている。 時おり、初老の男が姿を見せるが来る人、来る人に頭を下げている。 歩道にはブロック塀に沿って樒が立てられ、 門柱には字の書かれた大きな看板が立てられている。 その横には小さな水車が回っている。 人間のやることはわからない。 どんな意味があるというのだ。 10時になると派手な袈裟を着た僧侶が5名、家に入って行った。 しばらくして始まったお経は、家全体を響かせる迫力があった。 玄関付近、歩道、道路の向かいの公民館の空き地に多くの人間が並んで待っている。 読経が終わると、初老の男が出てきて門柱横で見送りの人間に向かってマイクでしゃべっている。 意味は分からないが張りのある声ではなかった。 男を先頭に写真や位牌を持った者が歩道を北に向かって歩く。 続いて棺を両脇で支え持つ6人が続く。 10mも歩くとそこに霊柩車が止めてあり、 ここに棺を収めて短い行列は終了した。 クラクションが鳴らされ霊柩車が走り出した。 5台のタクシーが後に続く。その1台に男が乗った。  次の日、 長老が死んだと老カラスが連絡してきた。 見に行くと、 ねぐらの下に落ちていた。
カラスの世界では葬式などしない。 亡骸を埋めたりもしない。 ただ、 落ちたところにそのまま放っておくしかない。
 最近は、 猫が近くを通っても
「ふん、カラスか」
などと言って通り過ぎるだけだ。 しばらくするとアリが群がってくる。 こうなると、猫だけでなくミミズクも寄りつかない。
「正常な食物連鎖は、どうしたのだ」
と叫びたくなる。
 1羽減ったので、縄張りには1羽欠員ができたことになる。 突然、若ガラスAが
「オレ、嫁さんもらうわ」
と言いだした。 こいつ、 この前の隣組とのカラスリンピックでいいメスを見つけたらしい。 さすがに、 こいつでも縄張り内の食料事情は理解しとる。 10羽ぎりぎりの縄張りだったので、 こいつなりに我慢していたのだ。
 こういうことは早い者勝ち。 カラスが相談して決めることなどあり得ない。 次の日、 若ガラスAは単身、 隣組に乗り込んでメスを奪ってきた。
 カラス世界では、 羽数が増えることは生活の危機だが、 減ることは左程でもない。 だから、隣組はむしろ食い扶持が減って喜んでいる。
「若ガラスAが単身、隣組に乗り込んでメスを奪ってきた」
この表現は過大表現だった。
 この夫婦にも、 いずれ子供が生まれる。 生まれたら一週間で親は世話を止める。 止めたら子は死ぬか、縄張りから出ていくかどちらかだ。 うまくすれば、誰かが死んで羽数に余裕ができるかもしれない。
 この繰り返しを、儂は何度見てきただろうか。
「オオコワ」
(完)
くま邦彦:作文家 / 2024/12/17 改稿
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