抄本
七夕外伝
「智弘、ちょっといい」
声をかけてきたのは、クラス委員になったばかりの田中夏妃だった。
父親が警察官で、
正義感が人一倍強い。
クラスの信望が厚くクラス委員に選ばれたのだが、
その夏妃に、
なぜか俺は頼りにされている。
俺は大野智弘、
男仲間からは次男と呼ばれている。
何をやってもそこそこやれて、
万年二位だから。
家でも次男。
優秀な兄がいる。
最近では、女子も次男と呼ぶようになったが、
夏妃だけは智弘と呼ぶ。
「新鞍福利って知ってる?」
「誰だよ、それは」
「出席簿の一番最後に載ってるんだけど。転校生かな?」
「そうだろ。聞いたことないや」
次の日も、
その次の日も、
転校生はこなかった。
そもそも、担任の佐々木先生が出席を取る時、
新鞍を一度も呼ばない。
几帳面な夏妃は気になって仕方がないので、
担任に尋ねた。
「私もどんな生徒か知らないんだ。何でも、8年前から行方不明らしいよ」
もう少しくわしく調べてもらうと、
8年前、
中学1年として入学はしたらしい。
ところが8月に入って、
親が行方不明届けを出したが見つからなかった。
そのまま学年を上げてきたが、
中学3年になって卒業させるわけにはいかないので、
それからはずっと3年のままになっているという。
夏妃は警察官の父親にも聞いた。
くわしいことは言えないがといって次のことを話してくれた。
「行方不明になったのは2012年7月31日。
大事な用事を済ませてくるといって出かけたらしい。
夜になっても帰ってこなかったが、
2、3日家を空けることはこれまでもあったので届は8月4日に出された」
夏妃は納得がいかない。
「こんな田舎だよ。8年間、この人の情報が何もないなんておかしいよ。智弘、手伝ってよ」
「手伝うって何を」
夏妃とは幼友達で彼女の性格はよく分かっている。
これまでも引っ張り回されたことが何度もある。
比良山に水晶を取りに行こうと無理やり連れて行かれ、
途中で道に迷い、
落石事故に合い腕に怪我をした。
下山途中「助けてくれ」という、谷に落ちていた人を麓まで運んだ。
また、スキーに行こうと誘われ、
マキノスキー場に行ったときは、
ロッジで昼食を取っているとき、
スキー泥棒を見つけ後をつけ、
バスに乗り込んだところを警察に連絡して捕まえてもらった。
おかげで、スキーなど滑る時間がなかった。
今回もきっと厄介なことが起こる予感がする。
2024/12/22 大(まか)公開
BACK← →NEXT